1983年という年について私が思うこと。
1983年というのは、私にとっては洋楽との距離がとっても近くなった年。両親に嫌味を言われながらもコソコソみた深夜番組がふたつあった。
ひとつは日テレの「11PM(イレブンPM)」とテレビ朝日の「トゥナイト」。エッチ系ネタのときに親としては気恥ずかしかったらしいのだが、ちょうど中学1年生だった私としては別にエッチだとかという概念はなかった。
クラスでは、半分「不思議ちゃん」として通っていたものの、実はそれは学校でイジメに遭わないとか、面倒なグループ行動をしないための「別の顔」であって、本当の私は相当なオマセさんだったような気もする。
たまたま「トゥナイト」で特集されていた、ハリウッド映画のダンス映画の紹介を見た。それがまさに1980年代のサントラブームの火付け役ともなった「フットルース」と「フラッシュダンス」。これを見て私は映画というよりも、ところどころに挿入されていた音楽に魅せられ一気に「洋楽ライフ」漬けになっていった。
当時は「FMライフ(?)」とかいうFM放送が全部掲載されている雑誌を購入し、番組で取り上げられる洋楽を全てチェック。誕生日に父にもらった当時初々しかった原田知世が宣伝していた「シュガー」という赤いラジカセのアンテナをあっちこっち動かしながらノイズが入らないように録音しては、お気に入りの曲だけダビングして「自分だけのお気に入りの曲の入ったテープ」を何本も作った。
毎回クオリティのよい洋楽番組は土曜日の深夜、NHK-FMで放送される特集番組と、FM東京で毎日11時ごろから放映される「クロスオーバイレブン」だっと記憶(といっても、記憶があいまいなのだが)。
中学3年生のとき、受験が終わった春休みに初めて洋楽のコンサートに行った。当時は、卒業式後の友だちと一緒にどこか行くといえば東京ディズニーランドか原宿の竹下通りだったのだが、私は武道館のコンサートに行ったのだ(確かDuran Duranかa-ha)。
あの頃は意外とクラスに洋楽好きな子がいて、個性もバラバラなのに「洋楽」というだけで仲良くなっていた。運動部所属、オタクちゃん、オカルトちゃん、がり勉くん、私のようなエセ不思議ちゃんたちが互いに所属していたグループの垣根を越えて休み時間に集っていたりもした。高校への進路が決まり、バラバラになる前に「じゃあ、皆でコンサートに行こうよ」ということで皆で一緒に行けたのは、中学時代の最高の思い出。
本当にあの頃の「洋楽ブーム」は何だったんだろう?と思うのだが、1983年というのは私にとって最も何かに打ち込めた時代であり、純粋に「趣味」だけで友達と何の柵もなく交流できた時代だったのかもしれない。つまり「青春」だったと(クサイけど)。
ということで、10月16日に100位から始めた1983年ビルボード年間シングルランキングですが、ようやく1位まで紹介することができそうです。年内に紹介できてホッとしていますが、また似たようなことをマイペースながら続けられたらと思います。YouTubeがなくなっちゃったら? うーん、そのとき考えてみる。今は好きなことだけでじゅうぶん。
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