1980年への扉、1970年への階段

1970〜1980年代にハマっていた洋楽や映画、TV番組について動画を見ながら思い出語りしていきます。

「銀河鉄道999」では重要な星だった冥王星が・・・・


 水金地火木土天海冥・・・・と、太陽系の惑星を覚えたのはだいぶ前のこと。

 ところが、この太陽系惑星のうち冥王星が格下げにされるそうだ。つまり今までは太陽系の天体のひとつしてカウントしていたのだが、冥王星とその周辺の小天体を「冥王星族惑星」として定義するのだとか。

 最初は、カロン、セレス、2003UB313を含めた12個の天体を太陽系惑星とする方向で議論が進んでいたのに、なんで一気に8個にまで減るのかが良く分からない。たまたま見ていたニュース番組でその辺を説明していたが、仮に地球の大きさをビー玉とすると、冥王星の大きさはゴマ粒程度になるのだと。つまり、地球の衛星の月より小さくなるってこと?

 天文学者さまたちの掲げる「星の定義」から冥王星は外れるため、格下げになるとのことだが、でもそれって銀河系をひとつの固体として考えるなら、地球に住む「地球人」が勝手に掲げた定義だよね。もしかしたら、宇宙には私たちの想像もできないような世界が広がっていて、時空が歪んでいたり、ブラックホールなどがあると私は信じていたりする。
 
 確かに冥王星は小さくて星の定義から外れるかもしれないし、観測の精度がよくなり観測した結果、冥王星の大きさはかつてのデータと大幅に違っていたということなんだろうけど、そこまでしてシステマチックに区別する必要ってあるんだろうか? 大きさとか重さなどのデータにこだわる意味って何があるのだろう? それは宇宙規模的にみたらグローバル化とは言えないような気もしないでもないのだが。

 結局「冥王星」という言葉は残っても、理科の教科書の太陽系惑星として学ぶ時、冥王星の名称は消えるわけでしょう。なんか、今まであったものが、ある日突然ないと言われても、なんだか複雑な気分になったりする。 ・・・・なんでこんなにこだわっているのかというと、かつて観た松本零士原作の「銀河鉄道999」での印象が強いのかもしれない。

銀河鉄道999 COMPLETE DVD-BOX 1 「永遠への旅立ち」 主人公の星野鉄郎が母親と死に別れ、雪の中で瀕死の状態だったところを謎の美女メーテルに救われる。メーテルから、機械の体をタダでくれるという星へ行く銀河鉄道のパスを手渡され、一緒に旅を続けていく。そのなかで、本当に大切なこととは、永遠の命とは何かをということを訪れた星で出会った人々から学んでいくという、宇宙版「青い鳥」のようなストーリーだと認識しているが、最初の頃に立ち寄る冥王星は重要な意味をもった星だった。

 生身の体を捨てて機械の体になった人々の「もとの体」が葬られている墓場の星というのかな。氷の下に数え切れないほどの人々が眠っており、鉄郎はそこで墓守をする女性と知り合う。彼女も機械の体なのだが、かつての生身だった自分の姿を鉄郎に見せたいと案内する。とても美しいでしょう。生身のころの私はあまりにも美しすぎたの。だから、機械の体ではあの美しさを作ることはできなかった。だから、顔は作らなかったと、のっぺらぼうの顔を鉄郎に見せる。

 鉄郎を道連れにしようとしていたのかは、当時の私は子供過ぎて覚えていないのだが、そこへメーテルが登場して鉄郎を救う。その前に鉄郎はメーテルが氷の地面に向かって涙しているのを目撃していたが、それを聞こうとはしなかった。そのメーテルの行動の意味が、ストーリー終盤になって分かるのだが、思えば、最後まで観終わったとき、これが「銀河鉄道999」の訴えかけているメッセージのひとつだったのかとも思った。

 というような、氷の墓標に囲まれた悲しい星、夢と希望に燃えた人たちが自らの生身の体を捨てていった星として冥王星が描かれている。つまり、太陽系はここで終わり、これからが本当の旅が始まる。思いとどまるならばこれが最後のチャンスとして冥王星を位置づけているのかなとも思った。

 というような記憶が鮮明に残っているだけにね、ちょっと解せないものはあるのだが、それはそれ、これはこれで「冥王星」という言葉は残っていくのだとは思っている。それに、また何年かしたら「やっぱり冥王星も太陽系惑星に格上げすることにしました」なんて、ムーディーズの企業の格付けみたいにコロコロ変化していくものだと、私は思っているんだけど。

Holst: The Planets でも知ってる? ホルスト作曲の「惑星」。最近「ジュピター」がヒットしたりした有名な組曲。スター・ウォーズのテーマソングを思わせる壮大な曲調が好きで、実はCDを持っている。 ・・・・が、よーく見てみると、組曲「惑星」には、「冥王星」は含まれていない。

 別にホルストが先見の目があったということではなく、「惑星」を作曲した1916年当時は冥王星はまだ発見されていなかったため。発見されたのはホルストが亡くなる4年前の1930年だったから、今更追加しようと思わなかったのだろうね。 その後、マシューズという人が「冥王星」を創作し、ホルストの「惑星」に冥王星まで含まれた形での組曲として2000年にコンサートが開かれたらしい。

 ・・・・今となっては、これも「余計なこと」であり、ホルストが「先見の目があった」と評価されるのかなと勝手に考えたりした。


参考記事: 冥王星格下げか 太陽系惑星「8個」で最終調整(2006.8.23) by Iza!


(追記 2006.8.24 PM11:10)
 ニュースを見た。採決の結果、賛成多数で冥王星が太陽系惑星から外れたとのこと。学者さんたちは「これで惑星の定義が明確になった」と満足だったそうだ。確かに、結果を導き出すのが専門家のお仕事だから結果には何も言わないけれど、でもなんか寂しい・・・・。


(追記 2006.9.6)
 冥王星が太陽系惑星から格下げされることが決定した直後に東芝EMIから発売された、冥王星入りの組曲「惑星」のCDがバカ売れしているらしい。ここで紹介した「冥王星」はかつて指揮者のケント・ナガノ氏がコンサートを開催するにあたって、作曲家コリン・マシューズ氏に「冥王星」の作曲を依頼。それが収録されているCDだったのだが、東芝EMIから発売された「惑星」に収録されている「冥王星」の作曲者はサイモン・ラトル氏。

 思えば、冥王星を発見したのはアメリカ人だった。実際に、冥王星が格下げになった直後に、アメリカでは300人もの学者たちが抗議のために署名運動をしているらしいし、これから米国中心に「冥王星」入りの「惑星」のコンサートなどが公演されていく予感もある。抗議運動もいいが、こういう芸術面からのアプローチの方が、私たち一般人へのインパクトは大きいし、もしかしたら何かを動かすんじゃないかと思ったりもする。

 ところで、余談なんだが、Iza!では、サイモン・ラトル氏は米国出身とあるが、サイモン・ラトル氏の公式サイト(日本語)では英国のリヴァプール出身とあるのだが、どっちが本当?


参考記事:
  ・なぜか売れてる「冥王星」付き「惑星」CD 演奏される機会も少なく(2006.9.5) by Iza!
  ・サイモン・ラトル氏の公式サイト(日本語)で紹介されている同氏のバイオグラフィ
  ・ホルスト:惑星(冥王星付き)のCDの紹介記事 (by サイモン・ラトル公式サイト)


(2006.9.12追記)
 この後9月3日に「冥王星は人々を迷わせる星らしい」という記事を投稿し、冥王星を発見した米国が冥王星格下げに対して抗議をしていることを取り上げた。 米国が今回の「冥王星格下げ」に対して違和感を唱えているのは知っていたが、ここまでこじれていたのかと思ったのは、今日見た「NASA認めない? 冥王星の小惑星番号を欠番に」という朝日コムの記事。

 国際天文学連合(IAU)が、小惑星と共通の通し番号134340番を「元冥王星」に付けたが、米航空宇宙局(NASA)が公開しているデータベースではこの番号だけ欠番になっているとのこと。NASAの意図がよく分らないのだが、要するに、「番号が欠番してんだから、おいらたちは冥王星を「134340番」とは呼ばないよ」という抗議の意味があるのかと。

 いずれにしても、IAUとNASAは昔から対立しているらしく、長年つもり積もった恨みつらみがこんな形になって噴出しているのかと思うのだが、人間の心知らずか、星は遠い宇宙で輝くだけなんだろうね。


参考記事: NASA認めない? 冥王星の小惑星番号を欠番に(2006.9.12)by asahi.com
 
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テーマ:宇宙 - ジャンル:ニュース

  1. 2006/08/23 23:29|
  2. [アニメ]小ネタ
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  4.  #45

オマージュ・パロディ・盗作はどう違う?

 先日、WOWOWで放映されている「コールドケース」というドラマを見ていた。このドラマ、FBIが舞台なんだが、迷宮入りになった事件をひとつずつ解決していくというドラマで、主人公の金髪女性がとてもクールで美しく、まず先に夫がドラマにはまった。

 制作総指揮は、CSIシリーズや映画「アルマゲドン」を手がけたジェリー・ブラッカイマー。このドラマの特徴は、映像や音楽にこだわっているということ。回想シーンはモノクロだったり、ちょっと古い画像にしてあったり、過去の人間と現代の人間をマッチさせたりしている。ラストシーンはセリフの入らないストップモーションというのが多い。

 かつ、音楽に関しては相当なこだわりがあるらしく、事件の発生した当時に流行した音楽が数曲かかる。現在、第2シリーズが放映されているが、WOWOWも考えている。ドラマ放映終了直後に、オープニングとエンディングにかかった曲を紹介するようになった。先週放映されたドラマのラストにかかった曲が妙に気になったので調べてみたら、歌うのはカナダのハードロック系バンドSheriffの歌う「When I'm with you」。夫は最初「エア・サプライ」じゃないかと言っていたが、「絶対違う!」と言い張っていた私。

 結局番組終了後の曲紹介で知ることになるが、このバンドはカナダ出身。だが、まったく曲がヒットせず、結成後すぐに解散したそうだ。その後、この曲がラジオで紹介され、あれよあれよという間にヒットした。解散後にヒットした曲として紹介されていた。

 へぇー、そうなると、ちょっとした運、ちょっとしたタイミングでヒットしたりするのならば、世の中には才能がありながらもまだまだ埋もれている人は沢山いるということなのだろうか? 画家ゴッホも生前は作品を評価されずに死後数年経って評価された。最近話題のスペインの画家ゴヤも、もともとは宮廷画家だったが、当時は禁止されたいた女性の裸体を描いて世間から酷評され、自分の世界にこもってしまった。

 その中で描いた「黒い絵」というのは、当時は気持ち悪がらたのだろうが、今見ると、なんともいえない心の叫びを感じる、素晴らしい絵であることが分かる。

 一時期、日本のある画家がイタリア人画家の絵を模写したような作品が多数見つかり、話題になったことがあった。ご本人は「オマージュ」だということを強調しておられたが、素人目にしても「悪ふざけのすぎたパロディ」という印象を持ってしまった。

 YouTubeに登録される動画も著作権を侵害しているものがあるのではないかという意見があり、NHKが苦情をし、対象動画が削除されたことがあったらしいが、結局、「オマージュ」ととるか「パロディ」ととるか、「嫌がらせ」「盗作」ととるかは作品の原作者の価値観に委ねられるのだろう。つまり、「笑いのツボ」が個人個人違うように、それら価値観も違うということ。アートなんていうのは、価値観と価値観のぶつかりあいなのかもしれないなんて思ったりもする。

 私自身はアートの才能はないし、どんなものでも自分がいいと思えば、どんなジャンルのものでもすぐに感動してしまったりするのだが、著作権という観点からアートを見つめていくと、ある意味猫の縄張り争いみたいなものを感じたりする。

参考記事: ドラマ「コールドケース2」 by WOWOW
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テーマ:YouTube動画 - ジャンル:テレビ・ラジオ

  1. 2006/08/19 13:02|
  2. [戯言]雑記
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  4.  #41

映画Star Wars(スターウォーズ)の吹き替えも進化したもんだ

 昨日だったか、WOWOW開局記念のスターウォーズ6話連続放映のうち、「帝国の逆襲」の吹き替え版を観ていた。

 映画は、どんな言語だろうと字幕派なんだが、ずっと画面を観ていなくてはならない。だから、既にあらすじが分かっていて、流し観する程度ならば日本語吹き替え版も時として都合が良かったりする。

 スターウォーズについては、第1作目が1977年5月に公開された。その1年後ぐらいにテレビで大々的に放映されていたのを覚えている。母はこういうのは全く興味がないし、とりあえずミーハーの父と一緒にスターウォーズのテレビ放映を観た。

 確か日テレ系だったかな。覚えていないのだが、水野春夫が解説をしていて、かつその前段階として昼間ぐらいに大々的にスターウォーズの世界観を紹介していた(ように思う)。その中で当時は無名に近かったハリソン・フォードの出演作「アメリカン・グラフティ」のワンシーンや、レイア姫役のキャリー・フィッシャーの出演した映画のワンシーンなどが流れていた。とはいえ、一番大きく扱われていたのは、オビ・ワン役のアレック・ギネスだった。

 彼は英国俳優で、「アラビアのロレンス」に助演しており、「戦場に架ける橋」では見事アカデミー主演男優賞を獲得しているぐらいの有名俳優。確か、スターウォーズでもアカデミー助演男優賞にノミネートされていたはず。 オビ・ワンといえばアレック・ギネス以外は演じられないだろうというぐらいの存在感だった。

 そのせいだろうか。その後制作されたシリーズでも、若かりし日のオビ・ワンは、同じ英国若手俳優のユアン・マクレガーが演じており、風貌や雰囲気もアレック・ギネスを意識して役作りしていたように思う。このユアン・マクレガーの叔父さんにあたる人が、スターウォーズの初期シリーズにチョイ役で出演していたそうだ。その影響もあり、ルーカス監督からオファーがあったときには大喜びしたなんていう話をどこかで読んだ。

 話が反れたが、そう、スターウォーズ1作目のテレビ放映の話に戻す。

 放映前の特別番組のときに、吹き替えする人の紹介もしていた。当時は話題作りということを念頭に置いたのだろう。私が記憶している限りの当時の吹き替えは、ルーク・スカイウォーカー=渡辺徹、ハン・ソロ=松崎しげる、レイア姫=大場久美子だった。

 渡辺徹は、まだまだ若くて細くて、「太陽に吠えろ」で人気が出た頃かどうかは覚えていないが、とにかく人気があったとき。松崎しげるは「トミーとマツ」というドタバタコメディの刑事モノで(ちょっとばかり)人気があったころ。大場久美子については、「コメットさん」でアイドルしていた頃。

 私自身、もともとアニメ大好きな子供だったから、吹き替えなんて誰でもいいという感覚でいたし、「ルパン三世」なんかを観ても、ルパンの声だ、銭型のとっつぁんの声といった感じで、声=キャラクターのイメージが強かった。 ・・・・ところが、だ。楽しみにしていたスターウォーズのテレビ放映を一緒に観ていた父が怒りだした。

 「なんだ、この下手くそな吹き替えは!」

 父は、映画が大好きで、かつ吹き替え版しか観ない人だった。しかも、「声」にこだわる人で、クリント・イーストウッドはルパンの声、オードリ・ヘップパーンは「エースをねらえ!」のお蝶夫人の声というふうに、声と俳優のイメージが脳内でできあがっていた。

 スターウォーズに関しては、俳優たちは無名な人が多かったからそういったイメージはないにしても、棒読みやストーリーから読み取れるキャラクターの雰囲気と声があっていなかったと思ったのだろう。特にハン・ソロの吹き替えはボロカスだった。 「なんだこれは! ハン・ソロはもっとニヒルな奴なんだ。これじゃあ、『トミーとマツ』のノリじゃないか」

スター・ウォーズ エピソード4 新たなる希望 リミテッド・エディション 結局、父が途中でチャンネルを替えたので最後まで観ることはできなかったというエピソードを思い出した。 ・・・・それから何年ぐらいしてからかな、日本語吹き替えを再構築したことを大々的にアピールして、スターウォーズ3作がやはり日テレ系でテレビ放映されたことがあった。父はそのころは、日本のやくざ映画に夢中だったのでスターウォーズには見向きもしなくなっていたが、私はもう一度観ることにした。途中までしか見ていないのが悔しかったのかもしれない。

 このときの吹き替えは、ルーク・スカイウォーカー=水島裕、ハン・ソ=村井国夫、レイア姫=島本須美(ナウシカの声)となっていて、私としては違和感を抱くどころか、キャラクターと声がピッタリだと思った。結局、1作目、2作目、3作目と観てしまった。 その後、ハリソン・フォード主演の「レイダース」が日テレで放映されたとき、このときも村井国夫氏が吹き替えを担当していた。(確か相手の女性役は戸田恵子)

 今回、WOWOWで観たスターウォーズシリーズの吹き替えも新しくなっていたように思うが、違和感はなかった。というか、あまりそこまで執着しなくなったということも関係している。

 だが、一時期テレビ放映される映画に、当時人気のあるタレントが挑戦するというのが頻繁にあって、その吹き替えにがっかりして映画そのものを観なかったという映画もいくつかあった。「アウトサイダー」、「フットルース」、最近では「タイタニック」などは、吹き替えするタレントのほうが注目を浴び、映画のキャラクターと声が合うかどうかなんてテレビ局側は考慮していなかったのかもしれない。

 でも、たかが吹き替え、されど吹き替え。吹き替えの良し悪しによって映画そのものの印象が変わってくるから、私は最初から字幕版を観るようになったのかもしれない。それに気がつくと、結構同じ声優さんが吹き替えをいくつもこなしていて、「あれ?これってあの声」なんて、うちの子が指摘したりする。

 私もそうだが、子供ってやっぱり耳がいいんだなと、何となく同じことが繰り返されているような気もした。

 ちなみに、C3POの吹き替えは野沢那智氏。このかたは「エースをねらえ!」の宗方コーチとか、ブルース・ウィリスなんかを担当しているが、この人意外にC3POの吹き替えがしっくりくる人ってなかなかいないんじゃないかと思った。 ・・・・個人的には、タレントが映画や漫画の吹き替えをして成功した「声」というのは、大山のぶ代の「ドラえもん」とアニメ「あしたのジョー」かなと思ったりもする。まあ、それだけ声で演技するのは難しいのだろうね。

テーマ:スターウォーズ - ジャンル:映画

  1. 2006/08/14 14:57|
  2. [映画]映画/小ネタ
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  4.  #35

グリム童話とアンデルセン童話

 何かのコラムニストの記事で読んだのだのだが、最近の女性が結婚しないのは、心のどこかで「白馬の王子さまを待っている症候群」にかかっているからなのだと。

 確かに、世界の名作童話を見ても、「白馬に乗った王子さま」はいろいろなシチュエーションで登場する。

 例えば、白雪姫。

しらゆきひめ 魔女にもらった毒リンゴで死んでしまった白雪姫。7人の小人たちが白雪姫の死を嘆き悲しんでいる時に、白馬の王子様が表れた。すると、あら不思議。喉につかえていた毒リンゴの欠片が口から出てきて、白雪姫は息を吹き返した。その後、白雪姫と王子さまは結婚し幸せに暮らした。そしてもちろん、魔女はとらえられ殺されてしまった。

 例えば、いばら姫(眠り姫)。

ねむりひめ 魔女の呪いで、美しいお姫さまは16歳の誕生日に死ぬ運命にあった。良い魔法使いが、その呪いを緩和すべくとった方法が、お姫様は死ぬのではなく長い長い眠りに落ちること。するとあら不思議。お姫様と一緒にお城の家臣たちも、お城全体が眠りについた。

 それから長い年月が経ち、茨で覆われていたお城に近づいたのが白馬に乗った王子さま。眠り姫の美しさに、思わずキスをする。するとお姫様は眠りから覚め、今まで眠っていた家臣たちもが目覚めた。王子さまとお姫さまは幸せに暮らしたというお話。

 例えば、シンデレラ姫。

シンデレラ 継母と意地悪な姉たちに虐げられていたシンデレラ。ある時、お城で舞踊会が開かれることになった。どうやら王子さまはそこでお妃選びをするらしい。シンデレラは行きたくてもドレスもなく、諦めていた。そこへ親切な魔女が表れ、シンデレラに魔法をかける。美しいドレスを身にまといお城へ行くシンデレラ。王子さまとダンスをし、夢のようなひとときを過ごす。

 しかし、12時の鐘が鳴ると魔法が解ける。慌てて帰ろうとしたとき、シンデレラはガラスの靴を階段に残していく。王子さまは、この靴の持ち主こそ、自分の妃となる娘だと断言、城内におふれを出し、ガラスの靴の持ち主探しが始まった。たまたまシンデレラの家にもお城の使いがやってきて、ガラスの靴を履いたシンデレラこそ王子さまの捜し求めていた娘だと判明。シンデレラは王子さまと結婚し、幸せに暮らしたというお話。もちろん、継母、意地悪な姉たちはシンデレラを虐げた罰を受けたという・・・・。

 これらの話だけ見ていると、既婚者の私でさえ、「白馬に乗った王子さまを待っていたい」妄想にかられる。誠実であれば、ガツガツしていなければ、いつか自分の理想とする王子さまのような男がやってくるのではないか、本当にそんな気になってくる。

 ところが! 世界の名作童話でも「白馬に乗った王子さまを待っていた症候群」にかかっていたお姫さまが見事王子さまに裏切られ(勘違いされ)死んでしまったという話がある。

 それは、アンデルセン童話のひとつの「人魚姫」。 
 
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  1. 2006/08/01 14:00|
  2. [書籍]記憶に残る絵本のお話
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  4.  #26

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